東京の秋が顔を出した頃、思い立って3泊5日でイタリアのベニスへ出かけました。いつもの事ですが慌ただしくチケットを買ってホテルの予約をしたのは前日の夜でした。
飛行機がベニスの飛行場に付いたのは夜遅くで船着き場には水上タクシーの影も形もありません。飛行場からベニスにはバポレットという水上バスかタクシーと言うボートで行くしかありません。明るい時間なら水の上で青空を仰いで進むのは最高に気持ちの良い体験でしたが今夜は着いたそうそう真っ暗な海を眺め不安が走ります。
幸いな事に最後のバポレットが到着してそれに乗り込みました。着いた所は誰もが寝静まったように静かなベニスの裏街です。すべての道に石畳が引かれ細い道幅は二人が歩くといっぱいです。時折、運河を超えるアーチ状の石の橋を超える度にそこに佇むゴンドラが目に入ります。暗い街灯の下で何度も地図と格闘しながら、あたかも迷路の宝捜しです。ベニスの街は複雑な細かい道が支配して気が着くととんでもない所に向かっていた事が何度もあります。夜もふけているのでそんな失敗は命取りと思って懸命に。
ホテルに着いたのはすでに11時を回りインターホン越しに挨拶がかわされてようやくほっとしました。ホテルは4階建ての建物の一番上のフロアーだけで表通りには看板もない隠れ家のような所です。運河沿いの部屋はたった2部屋で、もちろんそれは埋まっていましたが宿泊者の誰もがいつでもリラックスできるリビングから運河はいつでも眺められるよと案内されて窓に近付くとそこにはまさに絵葉書の世界が広がって感嘆の声を上げました。緩やかなカーブを描く運河がまさに目の前に流れ運河を挟むように古い石の建物が長い歴史を語るように佇み家々の窓の灯りや街灯が暗がりに滲んだように運河に灯りを落とし、その風景の中に今にもピーターパンかメアリーポピンズが表れて来そうなおとぎの世界に見えました。
朝、目がさめて朝食を食べ終わるとベランダに出て運河を眺めます。もうすっかりベニスは冬に入り身体が冷えるのも忘れてその美しい景色に見とれます。左手にはリアルト橋が見え目の前には渡しゴンドラが立ったままのお客さんを沢山乗せて行ったり来たリをくり返し、渡った先には魚や野菜、果物の市が出てここからでもその美しいディスプレーに鮮度の高さを感じます。何艘ものゴンドラがボーダーのセーターを着た漕ぎ手によって進み。バポレットには通勤の人々がいっぱいに乗って時には警察のボートが騒がしい音を立てて急ぎます。
この街は
単なる観光だけの街では無くそこで働く人達が輝いて生きている街である事を実感します。
何度か訪れた街ですが見る度に不思議で美しい街に新ためて驚きます。雨のベニス、晴れたベニス短い滞在中、毎日その窓からの世界はいつも色々な変化を魅せてくれます。最後の日は朝からひどい雨が降っていて市場の横は水面と同じ高さになって水が石畳を濡らしました。地盤沈下が心配されているベニス、もしこんな美しい街が沈んでしまう事があったら本当のおとぎの国になってしまいます。

ひびのこづえ

赤い布に刺繍した花瓶と花達、全貌はミニのワンピースです。

2004年2月NO.118号掲載